UXは万能の魔法の杖ではない
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最近、UX(User Experience, 顧客体験) という言葉をかなり見かけるようになりました。UXを業務の中で認識し、これらをアプリ開発や業務フロー内で活用していく機会が増えるのは非常に良い傾向です。しかし一方で、UXと聞くと「なんかあやしい」とか「だまされた」という残念な話も耳にするようになりました。
なぜなんでしょうか?
その理由の一つはUXを何にでも効く万能薬として考えてしまっているのが原因のように思えます。しかし実際にはそんな魔法の杖のようなモノではありません。なぜそんな誤解が生まれてしまったのでしょうか、ちょっと考えてみました。
日本ではUX, UXデザインというとWebやアプリのインタラクションデザインを中心に語る人が多いようです。しかし、UXデザインには、インフォーメーションアーキテクチャ、コミュニケーションデザイン、コンピューターサイエンス、デザイン(ビジュアル, サウンド等)また心理学など色んな分野が絡んでいます。
もちろんこの図が正式なUXの定義、というわけではなく諸説専門家が唱えています。他にもサービスデザイナのErik Flowers氏はUXが関わる領域として3つの分野をあげています。
彼は、テクノロジー/ビジネス/デザインの要素それぞれが必要と説いています。
エンジニアリング的な技術研究、心理学や行動経済学といった人間についての知識、デザインそして経営や政治など含めたビジネス分野まで幅広くUXの関連領域に入ってきます。UXのよくある手法(ペルソナ、 カスタマージャーニーマップなど)を理解しておくのはもちろんですが、あくまでもこれは業務プロセスに組み込んで運用していくためのツールであって、それをやれば絶対成功する、というものではありません。
経営学修士 MBA(Master of Business Administration) を取得すれば絶対経営や会社が成功するか、とそうではないのと似ています。あくまでもMBAは評価方法などツールやプロセスを学べるのであって秘伝の大成功方程式が手に入るわけではありません。
ある課題領域に対してUX的アプローチで解決していくことはできます。しかし、ビジネス上課題というのは、実は色々な制約や事情が複雑に絡んできます。UXだけでの解決は無理なのです。ここを履き違え、UXに過度な期待だけをもつと「だまされた」という事になります。
ちょっと極端ではありますが、ケーススタディしてみます。
ソウル市にある韓国初のドーム球場がおむつ座席とも批判されています。31席も繋がった席でかつ前後の間隔が異様に狭い、電光掲示板が小さいなどなど不満は多岐に渡るようです。UX的アプローチで改善方法を考えていくとすると皆さんどうしますか?
- 人が快適に観戦できる最小の席の前後左右幅をテストから導き出す
- 1番楽に観覧できるような傾斜角度、椅子の設置方法、画面サイズと文字サイズを導き出す
- 実際に休憩やトイレに行く割合を他球場などでモニタリングする
- 野球観戦におけるアンケートやヒアリングを実施して課題や要望を抽出する
- 試合前、試合中、試合後など観客の動線をシミュレーションしてみる
- 1試合あたり何時間ぐらい座っているかなど統計をとり疲れない姿勢について人間工学的に考察する
言い出すときりはありませんが、色々やれそうですね。
しかしちょっと待ってください。このUXアプローチによる結果、席数を減らし足元が広くなったとします。大抵の観客にとっては喜ばしい修正案です。しかしこれによって収納動員数はいっきに減ります。そうなると試合含めて収益が減りますから、席単価は上がってしまう可能性があります。興行主やオーナーによっては、「このドームは 2万人収納できるのが売りであり、1万人に減ったら儲けがでないのでそれは変えられない!」と言われるかもしれません。このようにビジネス上の制約などを軽視してUXだけを語る事はできません。
UXとは即効性のある万能の薬でもなければ、振りかざせば必ず良い道がひらけるという魔法の杖でもありません。もちろんUXを導入するメリットはありますが、過度な期待をしすぎると痛い目にあいます。非常に広範囲の領域の中で最適解を求めていくのは容易ではありません。UXはツールとしては使いよう、プロセスとして使うのであれば運用の仕方次第です。そこをうまくハンドリングするのがUXデザイナやUXコンサルタントのお仕事の一つです。
先の図の提唱者Erik Flowers氏もブログ内で、
You really have to be a triple threat: businessperson, engineer, artist, with experience and empathy for all three domains, and must be able to express and communicate those user needs to all.
と記載しています。ビジネス、エンジニアリング、デザインそれぞれの分野で知見をため、それぞれの分野をうまく協調しながらそれぞれの分野でユーザーが必要としていることをしっかり把握していけ(かなり意訳)。これからUXデザイナ、UXコンサルタントを目指す人にはこの言葉を肝に銘じていかないといけませんね(私もですが)。
エンジニアとデザイナーとプランナー/プロデューサーの意見が三つ巴というのはよくある話ですが、これに似ています。UXは顧客体験を重きをおくのは当然ではあるものの、その上のビジネスや周囲の環境や関係する機関、技術開発などとそれぞれがWin-Winな関係を作れるように考えるべきだと私は考えます。
もしかしたら、これからのUXデザイナは、「デザインよりのUX屋」「技術よりのUX屋」「ビジネスよりのUX屋」「オールラウンダーなUX屋」と自分の得意分野を明示したうえで、UXデザイナ間でもうまく連携していくようになるのかもしれませんね。
私個人はというと前職で研究開発・プロダクツ開発からビジネスローンチまで大手企業でやった経験があるので、オールラウンダー型UXデザイナ、ということになりますね…
なお、さきのドーム球場の事例からも想像がつくかと思いますが、本来はプロジェクトが始る時にコンセプトやビジョンや与件内にUXデザインを考えておけば(UX戦略)、もう少し批判や問題は小さかったのではないかと想像します。
弊社ネオマデザインではコンセプトやビジョンメイキング時点からUXを考えて提案をしています!お困りの時には早いうちにご相談してください。