論文、読んでますか? 〜メリットと読みかた〜
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エンジニアの皆さん、論文を最近読んでますか?
ビジネスマンのあなた、論文を仕事で読んだ事ありますか?
論文というとなんか小難しい研究の文章というイメージがあるかと思います。大学に通われた方は、卒業論文や修士論文執筆の時に卒業生の論文や他人の技術の参考として論文を読んだのではないでしょうか?
ただ、なかなかそれ以外では研究職にでもならない限りは論文は目にする機会もなければ読む事もない、または難しくて読む気がおこらないという人が多い気がします。
論文には理系文系など関係ありません。技術的な論文もあれば、人のコミュニケーションに関わる心理(心理学)についてを調査したものもありますし、デザインに関わることも論文になっています。
例えばデザインにおいてカラー(色彩)は非常に重要な要素ですが、色から受ける印象のについてはどこで勉強しましたか?学校や本、Webサイトの色彩サイトで学んだと色々あるかと思います。論文でも実は語られています。
UIやUXに関する論文も沢山出ています。
論文を読むメリット
では、論文を読むメリットはなんでしょう?
ネット時代に入り欲しい情報や技術が手に入りやすい時代になりました。専門分野の難しい技術なども今はWebを中心に簡単に調べる事ができるのに、なんか小難しい論文なんて…と思うでしょう。
私が論文を読むメリットは以下の通りです。
- 書籍等になる前にその分野の最新技術情報とその課題が手に入る
- ある技術に対する解決方法や手がかり、ヒントが入手できる
- 評価実験の結果が入手できる
- ビジネスとは切り離した純粋な問題意識からの研究情報が入手できる
- 研究におけるキーパーソンやキーとなる研究室が分かる
- 新規参入する業界の過去と現在の技術を深く知る事ができる
ネット上の情報は割とビジネス視点であることが多いのですが、論文は純粋な技術の新奇性や進歩性を説いて書かれています。政治的な、ビジネス的なバイアスが少ない情報であることもエンジニアとしては嬉しい点です。筆者の憶測や感覚だけで論文を書いても、大抵の学会では、証拠や考察不十分となり基本的に棄却されます。
この点からもエビデンスを集めたい人にはもってこいです。企画や営業、マーケッターが論文を読むメリットはあります。
また、企業では一般人を集め実際に試験し評価分析するのは時間もかかる作業を嫌いますが、そういう実験も大学などがやってくれていたりします。
論文の注意点
論文に対して読む時に注意すべき点があります。
まず、論文は「とにかく狭く深く」です。
浅く広く知見を得るには適しません。ただし、後述する背景あたりをざっと読んでいくと業界の動向や課題は入手しやすいでしょう。
次に「質はピンキリ」。
これが一番論文を読む上で難しいところです。ずばり言うと「こんな内容で良く採択されたな」という論文がごろごろしています。確かに課題を解決はしているのですが、他の技術で簡単にクリアできる内容をいつまでも引きずって論じていたり、実験の方法が悪くて結論があやふやだったり、酷い論文になると「結論には至らなかった」と白状しているものもあります。こうなると読んだ時間を返せと思う事もあります。
よってエビデンスを求めて論文を読んでいたのになんだこりゃ、という事も多々あります。このあたりはネット上の情報の真偽や信頼度はご自身で評価し鵜呑みにするのは危険なのと似ています。
当然ですがビジネス的観点でのアウトプットはほとんどありません。企業が出している論文はそうでもないのですが、研究機関や大学の論文はあくまでも技術探究がメインだからです。ノウハウ的な経験的な話しも手に入りません。現場の話しは論文ではなかなか出てきません。
そして最後の問題は論文の量が多すぎてどこから読めば良いか分からなくなる事です。検索をすればいくらでも出てきます。論文をざっと解釈した「論文まとめサイト」なんてのは存在しないので自力で探して読むしかありません。個人でやろうとするとかなり骨が折れます。
これらの問題も理解して頂いた上で、どう論文を読むかを次にお話します。
論文の読みかた
論文は固い言葉で書いてます。専門家じゃないとわからない数式や言葉もお構いなしに登場します。そんな論文をどう読めばいいのでしょうか?
基本的に論文の構成は下記のようになっています。これはあくまでも筆者の考える分類です(英語の論文もほぼ同じ構成です)。
乱暴な方法ではありますが、「サマリ」→「実験」→「結果と考察」を読めばだいたい良いでしょう。サマリを読むだけでも、これは全然自分の興味も探す内容でもない事が分かります。(ただしサマリも人によってサマリになっていない論文もあるので注意)
結果と考察では、「こういう仮説をたてたけど、やっぱりこうなった」「我々の提案する方法でこんなに向上した」「でも、こんな問題もでちゃった」という因果を分かりやすい言葉で記載されています。私の経験上では、どの学会や業界においても、この結果考察部は専門用語があまり使われず読みやすい言葉で展開している論文が多い気がします。
そして、論文において一番専門的になるのが「仮説や方法」部です。数式や難解な言葉がでてくるのもここです。よって、専門家ではないのであればこのパートは読まなくても良いと思います。ただしその論文で語りたい進歩性、新奇性、独自性はここで語られます。専門家はがんばって読み飛ばさずに読めるようにしましょう。
なお参考文献にはその業界のキーとなる参考書や論文が引用されることが多いので、元ネタを知りたい、その業界の鉄板本を読みたい時などにも役に立ちます(ただし、ここも研究室のコネ等大人の事情でずらずら引用されるときがあるので見極めは必要です)。
大手メーカーの研究開発での論文調査とは
私は20年以上ソニー株式会社で働いていました。
その7割近くをいわゆる研究所または研究開発部門に籍を置いていました。兼務で商品やサービスのローンチまで事業化もしましたが、常に次世代の技術を研究し開発することに身をおいていました。その研究開発部門においては特許調査(特許マップ作成)、学会調査(論文調査)は毎年ルーチンワークのように行っていました。
忙しい時に特許や論文を読むのは非常に時間がかかる上に整理も必要なので本当に骨の折れる作業です。手分けして1人何件読む、とノルマにしてやっていましたが、なんでこんなことするの、という後輩からのクレームも度々聞きました。
しかしこれらの調査行為によって、最新の特許出願状況からどの業界どんな会社が参入しどんな新しい事をやろうとしているかが予測できます。キーワードを抜き出すだけでもかなり業界の本当に最先端の動向がチラホラ見え隠れします。これらはネット上で記事化される前のかなり新鮮な情報です。
また研究開発の部門にとって新規技術開発は使命ですが、それが既に世にでているかどうかは非常に重要なことです。製品化やサービスに採用する場合には、特許も含めて慎重になります。これは大手の会社にとって、新規技術が実は他社と類似していたとなると、とたんに「パクった」だの炎上となりブランドをおとしかねません。そういう背景もあって、論文や特許調査は企業にとっても重要な事です。
重ねて言いますが、これらの論文調査は非常に時間がかかります。日本の学会だけでなく海外の著名な学会の論文なども手を出すときりがありません。まさに大企業では人がそれなりに居るからこそできることで、かつ、だから中長期的な研究開発が強いとも言えるでしょう。
まとめ
論文は、ある条件と仮説においてそういう結果になったという報告です。鵜呑みにすると実は危険です。
一方で特許の次に新しい技術が世の中に露呈されるメディアが論文です。特許や論文でどの会社がこれからどの業界に力をいれていくかなども見えてくるのです。
最近は研究室のホームページに、動画とセットで研究発表されるケースも増えているので、論文を読む優位性は昔ほど高くはなくなっています。しかし過去の実験結果などを調査する時には今もなお有益なものだと思います。ネットから手軽に手に入ります。
ベンチャーや中小企業では論文も特許も出す文化がないので読む文化も少ないようです。ネオマデザインは小さな会社ですが論文も特許も読んでいます。それは既に述べたようなメリットがあるからです。まだ詳細な技術書が出ていない技術研究をしているためです。
今、ビジネスやプログラムなどのエンジニアリングで困っていることが意外とすでに過去の学会で発表されて、論文になっているかもしれません。Webで検索した時、たまには論文を毛嫌いせずに読んでみては如何でしょうか?